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山口簡易裁判所 昭和63年(ろ)41号 判決

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、警察署長の許可を受けないで、昭和六三年一月六日午前一一時二〇分ころ、道路標識により、駐車が禁止されている山口市〈住所略〉先道路の部分に、軽四輪貨物自動車を約一〇分間駐車したものである。」というものである。

弁護人は、「被告人の駐車した時間は五分以下、四分程度で、本件取締に当った交通巡視員後藤夏子、同松永秋子及び上司である川野孝久も駐車違反の検挙は一〇分以上の場合であることを明言しており、本件起訴は、右交通巡視員の誤った報告にもとづいてなされたもので、捜査を充分尽くしていたら不送致または不起訴となったことは疑いをいれない。いわば本件起訴は起訴すべからざる事件を起訴したものであり、(一)検察官はこの誤りを認め、刑事訴訟法二五七条にもとづき公訴を取消し、裁判所が同法三三九条一項三号により公訴棄却の決定をするか、(二)いわゆる公訴権濫用の理論のもとづき、同法三三八条四号による公訴棄却の判決をするか、(三)いわゆる可罰的違法性の理論にもとづき無罪の判決をするか、(四)検察官の求刑を半分以下に減じたうえで、執行猶予の判決をすべきである。」というのである。そこで以下検討する。

一  被告人の駐車時間について

1  初認時刻について

(一)  証人後藤夏子(以下「後藤」という。)の当公判廷における供述(以下「供述」という。)(第三回公判期日)によると、後藤は、昭和六三年一月六日午前一〇時から交通巡視員として、相勤者松永秋子とともに交通取締のため山口警察署を徒歩で出発し、山口駅方面から国道九号線方面に向う途中、同日午前一一時一〇分に公訴事実記載の場所に駐車している被告人の車両(以下「被告人車」という。)を現認したと供述しているが、平成元年一二月二六日付山口交通反則通告センター通告官作成の「交通事件原票コピーの送付について」と題する書面によると、右以前の同日午前一一時七分ころ山口市〈住所略〉付近道路において、江角春子の一三分間の駐車違反(以下「江角車」という。)の検挙をし、後藤及び松永秋子が連名でその旨の「道路交通法違反現認・認知報告書」に署名捺印しているところ、後藤(第七回公判期日)は、江角車のところから「私が先に現場を離れました」、立去ったのは「七分より前です」、一一時七分の一、二分前くらいに動きだしたということでいいでしょうか「はい、その頃だったと思います」、右現場から、被告人車までの距離は裁判所前の横断歩道を渡って国道九号線に向って左側の歩道を歩いて「二〇〇メートルかもっとあるかも知れません」、江角車の検挙の最終時刻が一一時七分、それより何分か前に現場を離れたと、被告人車を一一時一〇分に現認するまでは、歩いて行ける時間があったのでしょうか「はい」、そのくらいの距離ですか「そんなに長い距離ではありません」、被告人車を初認した所は「大田洋服店か坂本医院くらいの所ではないかと思います」「この辺りで車を見て時計を確認したのだと思います」、初認した地点から被告人車までの所用時間は「すぐ近くですから三〇秒か四〇秒ではないかと思います」と供述している。

(二)  一方後藤と行動を共にした証人松永秋子(以下「松永」という。)(第四回公判期日)は、江角車を離れて国道九号線に向って右側の歩道を歩いて、一五〇メートルから二〇〇メートル離れた米屋町の交差点まで五、六分くらい歩いて被告人車を、その四、五〇メートル手前で現認し、その時刻を自分の時計で一一時一〇分と確認したと供述しているが、平成二年二月二七日司法警察員が、後藤及び松永を立合わせて、本件の現場位置及び道路の状況、本件被疑事件検挙前の駐車違反現場から本件駐車違反地点までの立会人の経路状況を実況見分(司法警察員作成の平成二年三月一日付実況見分調書)した後、松永(第九回公判期日)は、「四、五〇メートルより遠いところで被告人車を最初に現認しました」、被告人車を最初に現認した場所は「よく分かりません」、四、五〇メートルと証言したのは「多分それくらいだっただろうということで証言したのです」「実況見分をする前にも一度歩いてみましたが記憶は戻りませんでした」、また江角車から被告人車までの距離を一五〇から二〇〇メートルといったのも、被告人車を初認した距離も「測ったことがなかったので勘で言いました」、江角車から被告人車に向うときは「先に行った後藤巡視員に追いつこうとして急いで歩きました」、また江角車に呼出状を「一一時七分になってすぐに貼りました」、筆記用具などは「後藤さんに追いつこうとしていたので歩きながら……しまったと思います」と供述している。

(三)  前記司法警察員作成の平成二年三月一日付実況見分調書によると、江角車から被告人車まで、後藤の歩行した経路の距離は五四〇メートルで、松永のそれは五四二メートルであり、当裁判所の検証調書によるとその間を後藤の歩速はかなり速く五分四一秒、松永は、後藤より速く四分四四秒を要している。後藤が、江角車のところを一一時五分に出発したと仮定して前記検証調書によると、大田洋服店の東角前まで四分五七秒を要しており一一時一〇分に同所付近に到着することはあながち不可能とはいえないものの、途中「駐車車両は何台かあったと思いますが、人が乗っていたり、トラックの積降ろしなどで特に指導するようなことはなかったと思います」、本件当日のことは「覚えていません」と供述しているが、後藤の歩速はかなり速く、目的地に急いで到着しなければならないと認められる事情があったとはいえないうえ、交通巡視員の職務内容を考慮するとその歩速は納得できるものではない。

(四)  仮に大田洋服店付近で被告人車を初認したとしても、後藤はその時刻をメモしていないうえ、交通巡視員が違法状況を現認する時は、違法駐車車両から離れて見ていいのですか、それからでも開始の時間にするのですか「はい」、その車の中に運転手がおるかおらないか、積降しをしているかいないか、そばに行って見ないとわからないでしょう、離れたところから現認していいのですか、それで違法車両と言っていいのですか「そばに行って、中やまわりに人がいなかったら、前に見た現認の初めの時間がそのまま継続されてもいいことです」、今の時点で時間を調べてそこに行った都度現認して最初の時間から計算するのですか、そんな検挙の方法が許されるのですか、遠くから見てもよいと警察学校や上司から教えられているのですか「車が確認できた地点で現認は開始すると言われました」、被告人が車の中にいたかどうか確認ができましたか「見えなかったかも知れません」と供述しているが、駐車違反の取締にあたって、運転者の有無を確認しないまま、車に接近しながら車両を最初に見た時刻を現認開始時刻とすることは、合理性がなく、かつ、正確な取締とはいえない。

(五)  松永が、一一時七分に江角車を離れたとして、当裁判所の検証調書の歩速で計算すると三分後には、約三四四メートルの地点に達し、司法警察員作成の平成二年三月一日付実況見分調書に記載されている佐藤信二事務所の手前約二七メートルに達していることになるが、被告人車とは約一九八メートルの距離があり、その地点から被告人車の現認は困難であると認められ、同人は、一九〇メートル手前で「被告人車の運転席に頭の影が見えないのが分かりました」「近づいて行く途中で運転者が乗っていないのが分かったのかも知れません」と供述しているが、松永が被告人車を一一時一〇分に現認したとの供述は信用できない。

2  現認終了時刻について

(一)  後藤は、被告人車を初認したのが一一時一〇分ころで一〇分くらい現場を離れずに駐車状態を現認し、一一時二〇分の経過を自分の時計で確認して、呼出状を貼付した後に被告人が戻ってきたと供述している。

(二)  松永は、後藤の後から現場に到着してしばらく後藤と一緒にいたが、反対車線の方に何台か車が停まりはじめたので、それを排除するため現場を離れ、後藤が被告人にいろいろと説明しているところに戻って来たが、その時刻は確認はしていない旨供述している。

(三)  被告人は、本件当日被告人車を運転して阿東町の事務所を出発し、山口市役所に同乗して来た母親を降ろし、午前一〇時をまわったころ山口簡易裁判所に賃金請求の訴状を提出したが、補正の必要があり、一旦事務所に帰って補正して再提出することにし、駅通りを国道九号線に向って走る途中、「阿部」という三文判を買いたいと考え本件場所に車を停め、車から降りてまわりを見まわしたが判子屋がないので、通行人に尋ねたところコスモス印判店を教えてもらったが、米屋町交差点の手前のマルヤスポーツ店付近で交通巡視員が指導をしていたのを見かけたことから、国道九号線の方に向って斜めに車道を横断し、歩道に渡り大隅タクシーの前を通って小走りでコスモス印判店に入り、店主に「『阿部』という三文判がありますか」、「あります」、「それでは下さい」といい店主が店頭から三文判を出してもとに戻る動きの中で「代金は幾らでしょうか」「領収書を下さい」といって手際よく領収書を書いてもらい、甲野事務所宛の領収書と引替えに代金三五〇円を支払い、同店に行ったのと同じような経路で、車道を斜めに横断して被告人車の所に戻ったら、後藤巡視員がいて、駐車違反だといわれ、被告人は「駐車違反といわれても、今印判店まで行って帰ってわずか数分停めただけで駐車違反で反則金の切符を切るといわれても承服しかねる」「幾ら何でもこれはひどいのでは」「ほんの数分しか停めていないよ、まわりにもいっぱい停まっているではないか」「お巡りさんあそこにも車が停まっているではないか、さっきから見ていたら一分二分のことではないよ」、「ずっと停まっているではないの」「私は長い時間停めていたのではありませんよ」と抗議したのに対し、「いや、トラックの積降ろしはかまわないの」「買物に行くのはいけない」「たった一分でも停めていれば駐車違反は駐車違反です」という問答があったなかで、被告人は何時何分に車を停めたことを現認したのかということが大事だなということに気づき「何時何分に現認したのですか」と尋ねたら、後藤は「一〇分です」と一一時一〇分から見たという意味で答えたので、被告人が時計を見たところ二〇分だったので「私の時計が二〇分です、貴女は『一〇分』といわれたから、私が数分歩いて行って帰って来たのが、大体三分ないし四分と思う、貴女と立ち話をしてやりあった時間は六分位になります、一〇分から六分を引けば四分になります、私のいっているコスモス印判店に行って帰っただけだということは間違いないではないですか」というふうに時計を見ながら話したが後藤は無視する態度でした、被告人車からコスモス印判店までの往復時間を被告人自身「再現してテストした結果三分三〇秒で領収書を作成する時間を加味してで、どんなに譲ったとしても四分は掛かっていません」と供述している。

(四)  これに対し、後藤(第七回公判期日)は、被告人から「何時何分から駐車を現認したのか」というようなことを「聞かれました」「一〇分からですと申しました」、一〇分からですというのは一一時一〇分からという意味ですね「そういう意味です」、そのやりとりの中で「……今の時刻は一一時二〇分だ」と被告人から言われたことはありませんか「一度そういうふうに言われたのは覚えています」、その時被告人が「戻ってくるまでの時間はせいぜい四、五分のものだ」といわれて被告人のつけている腕時計を証人(後藤)の方に見せるようにして「今一一時二〇分ではないか」と、このようなことを言われたことはありませんか「そういうことを言われました」時計の方も見てくれという感じですよ「そういう素振りがありました」、被告人から一一時二〇分だと言われて証人はその時刻を確認されましたか「確認しませんでした」、一一時二〇分ではないのだと今何時何分ですよと、証人の時計を見てあるいは被告人の時計を見たりして言えばよかったと思うのですが、どうして時刻を確認したり今何分ですよということを言わなかったのでしょうか「それは自分の時計で確認して呼出状を作成し貼り終えた後で、運転手さんが来られましたので二〇分過ぎの出来事ですから、違反者にありがちなことですが自分の行為を正当化しようとして色々なことを言われるそのようなふうに受取りましたので、とりあわず無視したような形になったのではないかと思います」、被告人が何分か話していて、今が一一時二〇分だと言われるのなら間違いですよと時刻を見て言えばわかるのだと思うのですが、そんなことをするつもりは今いわれたような理由でなかったのですね「確認して貼り終えた後ですから、又そこまでは確認しませんでした」と供述している。

このように後藤は、被告人からの抗議に対し、右のような事情があったにしても、駐車した時間が最も重要であるにもかかわらず、被告人や自らの時計でその時の時刻を確認することもせず、被告人に対して駐車した時間を納得させるような行為は全くとっていないことが認められる。

3  駐車時間について

検察官作成の実況見分調書によると、被告人車からコスモス印判店まで直線距離で約一二〇メートル、車道を斜めに横断した経路では約125.4メートルであり、前記後藤の歩速を参考にすると、往復二分三九秒、松永のそれによると二分一二秒を要し、司法警察員作成の平成元年三月一六日付実況見分調書によれば、被告人車の側の歩道から大隅タクシー前横断歩道を通って片道130.6メートルで、通常の歩行速度で停止することなく片道一分三〇秒を要しており、被告人は小走りで往復したというのであるから、印判を購入して領収書を手際よく書いてもらったとして、往復四分という供述も信用性に欠けることはないにしても、少なくとも店主との会話や行動等を考案すると往復の所要時間は五分くらいは要したものと認められる。

二  駐車違反について

司法警察員作成の平成元年三月一六日付実況見分調書によれば、被告人車が駐車した場所は信号機による交通整理が行なわれている交差点の横断歩道の側端から約一〇メートル前方で、検察官作成の実況見分調書によると、その前方約一五メートルにはバス停留所があること、被告人車からコスモス印判店までの距離は前記のとおりであるが、駐車場所から同店や日本生命等が入居しているビルの建物は見通せるが、コスモス印判店は同店前の歩道上に大型変圧器等があってみとおすことができないこと、同様コスモス印判店前からも被告人車の方をみとおすことができないこと、駐車の意義については、道路交通法二条一項一八号前段により「車両等が客待ち、荷待ち、貨物の積卸し、故障その他の理由により継続的に停止すること(貨物の積卸しのための停止で五分をこえない時間内のもの及び人の乗降のための停止を除く。)」、同号後段に「車両等が停止し、かつ、当該車両等の運転をする者がその車両等を離れて直ちに運転することができない状態にあること」をいい、被告人の所為は、同号後段の「運転者がその車両を離れて直ちに運転することができない状態」にあたり、停止時間の長短を論ぜず前記条項の駐車に該当し、同法一一九条の二第一項一号、四五条一項、四条一項、同法施行令一条の二第一項に該当する(昭和三九年三月一一日最高裁第二小法廷決定、昭和六二年九月一七日最高裁第二小法廷決定)ことは明らかである。

三  本件検挙等について

1  交通巡視員の現認について

初認時刻について、後藤、松永の直属の上司である山口警察署交通第一係長である証人川野孝久は、昭和六三年当時「特にはっきりメモするよう指導はしていなかったと思います」と供述しており、前記のとおり後藤も、車両のタイヤの接地部分にチョーク等で印をして初認時刻を道路に記載する等、初認時刻のメモは全くしておらず、相当離れた位置から運転者の有無を確認することなく、車両が駐車しているのが見えた時刻を初認時刻としたこと、松永の初認時刻は相当速い歩速であるにもかかわらず、一一時一〇分に被告人車を現認したという供述は、全く信用できないこと、後藤が一〇分間被告人車の駐車を確認したとする供述もまた信用できない。後藤、松永両巡視員が正確な時刻を測定し、特に後藤は被告人の言い分に多少でも耳を傾けて時刻の確認をしていたなら、納得のいく公正な取締ができたのである。

2  本件捜査、起訴について

証人川野孝久の供述によると、「現認時間は一〇分間くらいは確保しなさいといっています」「貨物の積降しの場合五分間の免除があるのですが、そういうことも考慮しまして一〇分間位を目安として現認すれば間違いないということで指導しています」と、後藤は「警察学校の授業の中で教官から……」「目安として一〇分間程度は見るようにといわれました」被告人の検挙までにも一〇分間に至らない駐車の例があって警告ですますということも「それは何度かありました」と、松永は「目安として一〇分間は確認するよう上司や学校時代の教官に指導を受けています」、一〇分以下だったら「口頭警告です」「詳しい理由は聞いていませんけど、貨物の積降ろしは五分以内は法律で除外していますし、一〇分程度の駐車であれば取締るようにしなさいということではないかと思っています」、今まで五分前後で検挙したことは「私自身ありません」と、それぞれ供述している。

山口警察署及び山口区検察庁においても、被告人は終始数分間駐車しただけだと弁明しているのに、前記のような交通巡視員の杜撰な取締結果を鵜呑みにして十分な捜査を尽くすことなく送検、起訴している。

本件取締の昭和六三年一月六日当時は、駐車違反の検挙は現認時間を一〇分間確認し、一〇分に満たない違反者に対しては口頭警告にとどめていたことが認められる。道路交通法違反事件については、公正な取締をすることはもちろん、画一的な処理がなされているところ、被告人は終始数分間の駐車である旨の抗弁をしているのであり、捜査を充分尽くしていたならば、本件は現場において交通巡視員による口頭警告にとどまり、送致または起訴には至らなかった事案であると認められる。

四  結論

本件取締、送致及び起訴について被告人に対して特に差別的意図はなく、検察官に刑事訴訟法二四八条による起訴、不起訴の裁量の余地があるにしても、以上認定のとおり杜撰な捜査にもとづき、結局は被告人に不公正な処罰を求めているものであり、いわゆる公訴権の濫用の理論にもとづき同法三三八条四号に準じて、本件公訴を棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官大谷和雄)

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